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■後援会事務所開き 後藤光雄からのご挨拶 2003年2月23日

激励サイン入りのサッカーボールを掲げる後藤光雄皆さんこんにちは。私が後藤光雄です。本当にありがたい、もったいないお言葉を沢山いただきまして非常に恐縮しております。

5期勤められた松本文子さん、それから4期勤められた宮原登美雄さん、私のところに来ていただいて、ぜひ後をというふうにおっしゃっていただきました。『とんでもない。ほんとに経験と実績の豊かな方の後を任せていただくなんて、そんなとんでもない』という気持ちがずっとありました。たびたび足を運んでいただきました。何度もお話をいただきまして昨年度末、12月の末に『それではこんな私でもよければ』ということで心を決めました。

1月27日政治団体設立届けというものを県の方に出してきました。今日にむけてまず準備をさせていただきました。決断が遅かったので、なかなか準備がよく出来ませんで仲間、皆さんにご迷惑をおかけしました。   

私は、1956年、昭和31年に長野県で生まれました。ずっとサッカーをやって、山の中を走り回って育ってきました。20年前に縁がありましてこの寺家町、子安観音の一員とさせていただきました。1200年の歴史のあるお寺。まずそれに驚き、寺家に住んで伊勢型紙からいろいろな昔からの文化を大事にしている町並み、そういったものにも驚きました。

鈴鹿に一日でも早く溶け込むようにと鈴鹿青年会議所にも入れていただきました。それから青少年育成町民会議でもいろいろな事業、いろいろな行事を一緒にさせていただきました。青少年育成市民会議では特に寺家にみえました山中徹亮先生に本当にいろいろなことを教わりました。

私は大学まで『サッカーを通じていろいろ学んだことを、子どもにぜひ伝えたい。自分が得たことを、サッカーを通じて学んだことをぜひ伝えたい。そんな仕事に尽きたい』というふうに思ってきました。

そして寺家に来てほんとにもっと人間として大人として何をしなければいけないかどういう風にしなければいけないかということを教わりました。これからは、この寺家、それから鈴鹿のためにもっともっと勉強しながらやらなきゃいけないなと思いました。

先ほど私の顔(ポスター)が飛んじゃいました。私も走り回ってとびまわってきたつもりです。まだまだ飛び回れということだなって思ってみていました。 

先日ある友達のところへ行きました。『最近顔を見なかったね』って言いましたら『実は親父の具合が悪くてちょっと看病をしていたんだ』って。その親父さんが少し自分のことをちょっとわからなくなる時間が増えてきてしまったって、その看病している時につい『この親父こけて怪我でもしてくれたら』って思ってしまうって言いました。『自分の親です。そんなこと普通思うはずがない!でもそうなってしまう自分が怖い』って彼が言いました。

『福祉ってなんだろう。』『人の一生ってなんだろう』って思いました。

ぼくは子どもとずーっと20年間付き合ってエネルギーをもらって元気にサッカーをさしてもらって普段生活をしています。

自分が便利のために入れた電化製品。子どもは何の苦労もなしにスイッチ入れれば何かが始まる。昔はお風呂を炊くのにマキをとってくるところから始まったはずです。今はスイッチ入れたらすぐシャワーを浴びれます。すぐお風呂に入れます。『これで本当に幸せってくるのだろうか。』『幸せってなんだろうか』って考えます。

私が子どもたちといろいろな事業をしたときに教わった言葉があります。『子どもに、子ども達に、大人の考えを強いてはいけない。でも経験を強要するのは大人の義務である』って教わりました。

『いい仕事をするためには、いい準備をしなければいい仕事は出来ない』です。

お風呂を炊くためにはマキを、そして何時に入るためにはいつ火をつけてって、そういう準備する頭を、もしかしたら奪っちゃってるんじゃないかなって、反省しなきゃいけないのかなって、いや、でも便利さは必要なんだ!。そしたらあえて、そういった経験をする場を子供に与えてやななければって思っています。

皆が幸せになるってどうやればいいんだろうっていつも考えさせられています。

私が大切にしている言葉の一つに、今言った『いい仕事をするためにはいい準備をしろ』っていう言葉があります。もとボクシング、ヘビー級チャンピオン ジョ・フレイザーが言った言葉ですが『いい準備をするためにロードワークをしなさい。4キロ走るって自分で決めてロードワークに出て、3キロ半走ったときにしんどいからもうやめよう。そう思って、ここでやめたって、俺様のほかには誰にも分からない。誰にも4キロ走るって言ったわけじゃない自分で決めたことなんだから3キロ半でやめたって誰にもわかんない。でも良く考えて一番ごまかしちゃいけないのがその俺様じゃないか』って。『4キロ走ろうって決めてスタートしたんだったら4キロ走ろうよ。』って。『それがいい準備じゃないか』っていう言葉がありました。

この言葉に出会ってから自分の中にいつも何か途中で『あっ』と思ったときに、自分の中でもう一度繰り返して『いやもう一歩』『もう1歩』『もう一歩走ろう』って思っています。あのマラソンの君原選手が『あの電信柱まで』『あの電信柱まで、次の電信柱まで』って42キロ走ってるって聞いたときにも同じことだなって思いました。 

この海から山まで、ほんとに自然に恵まれて、文化もそして空気も水もおいしいこの鈴鹿に住んで、そして後に続く子どもや、その又続く子どもたちまでずっとずっと本当にいいまちになるように、私すこしでもお役に立てればというふうに、今から何キロ走るか、ロードワークを自分で決めてまた走り始めなきゃいけないなって思っています。 

『鈴鹿に生まれて、鈴鹿に住んで、鈴鹿に来て、本当に良かった』と、そう思えるまちになるように、私も一生懸命考えさせていただきたいと思います。

皆さんも一緒に考えて、いろいろ教えていただきたいと思います。

 今日は本当に、朝はやくからご近所の方にも大きな音をさせていますし、皆さんにも遠いところ集まっていただきまして、本当にありがとうございます。

なかなか若いスタッフ至らないことがあります。分からないことばかりで躓きながらいくかもしれません。

4月の27日。そしてまたもっと先をみつめて一生懸命がんばりたいと思いますので皆さん、ご支援そしてご指導よろしくお願いしたいと思います。

今日は本当にありがとうございました。

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